四肢を切断されたドライバー
実業家であるフレデリック・ソーセは2012年に休暇中、指をひっかきました。よくあるひっかき傷かと思いきや生命にかかわる感染症につながります。
1時間に12cmの割合で壊死していくという皮膚の壊死性感染症により、一命をとりとめた代償として両手足を失うことに。
昏睡状態から意識が戻ったら自分の手足がないという状況でした。
そこから、彼はものすごい行動に出ます。意識が戻った2か月後にはリハビリを開始し、3年後の2015年にはフランスの耐久レース「ベドゥベ耐久選手権」に参戦を果たします。
2016年にはLMP2クラスのマシンで各所のレースに参戦し、ルマン24にも参戦しました。
フレデリック・ソーセは今までドライバーとしての経験はなく、レーシングマシンに乗ったのは2015年からです。つまり、両手足を失ってからになります。
どうしてこのような挑戦をしたのかというと、すごく大きな挑戦が必要で追い込む必要があったと語っています。
ルマン24に出場したことで、周囲から不可能といわれ続けた中、できることを実証できたとのがうれしかったそうです。
様々な規制をクリア
両手足がない状態でルマン24に参戦するのは並大抵のことでは無理です。様々な規定があり、これらをクリアしなくてはなりません。
ルマン24では3人1チームで交代しながらマシンを走らせます。フレデリック・ソーセ以外のドライバーは健常者のため、マシンの操作系統を共有する必要があります。
そのため、フレデリック・ソーセ専用のシートでアクセルとブレーキを操作できるようにし、他のドライバーは通常の操作ができるように、インターフェイスをまるごと交換する仕組みをつくりました。
次に有事の際にマシンから7秒以内にベルトを外して脱出できる構造にしなければなりません。自力での脱出は難しいため、射出機能を加えました。
ルマン24にはガレージ56という特別枠があり、本来の参戦枠55台に対し、自動車の可能性を広げるために56台目の参戦を許可するというものです。
難しい規制をクリアしたということで、フレデリック・ソーセのチームに56番目の出走枠が与えられました。
結果は無事完走し、順位は36位に輝きます。
2021年には障害を持つドライバーだけのチームを監督として率い戦います。日本人の青木拓磨選手も参加するので今から楽しみです。